小学生でも漫才するのが当たり前!

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新喜劇とじゃりんこチエ

小学校の学芸会で漫才をするのは当たり前

小学校の学芸会で漫才をするのは当たり前

大阪では幼稚園児の時点でボケかツッコミ、どちらのセンスがあるのかだいたい分かります。そしてそのセンスを自ら磨こうとし、小学生ならたいがいちょっとした漫才トークができるようになっています。

ですから学芸会で漫才やコントを発表する小学生もいます。もちろん台本は小学生が自分で考えたオリジナルです。先生や親が考えるわけではありません。なぜなら小学生といえども彼らは「自分が一番オモロい」という自負をある程度持っているからです。

大阪人の笑いに関するプライドは相当なもので、それは同じ関西でも異質なほどです。オモロないと言われることは、極端な話、人間失格とすら感じ落ち込みます。そんな親に育てられ、そんな芸人が出ている番組を観て育つので、プライドの高い子供が育つのです。言わば血の伝承というやつです。

新喜劇とじゃりン子チエが教えてくれるもの

大阪人の誰もがこの二つを観て育ちます。どちらもお笑い要素が強い人気番組ですが、実は笑いの要素以上にこの二つが教えてくれるものがあります。それは人情です。 途中ドタバタ劇を通してネタやギャグを披露し観る人を笑わせますが、必ずいつもトラブルが発生し、最後には協力し合って解決しホロリとさせる定番ストーリー。その構成は今も昔もまったく変わっていません。

じゃりン子チエは何度も再放送され、最近では関東地区などでも放送されていました。どちらも人情を大切にする大阪人気質にピッタリで、もしかすると現代大阪人の人情はこの番組から教わっているのではないかと思えるほどです。

東京なら放送禁止?

東京なら放送禁止?  

もうひとつ、この二つの番組がいかにも大阪らしいのは、どちらも表現がストレートな点です。女性に向かって「ぶっさいくな顔」と言えば大阪以外では大問題になりますが、大阪ではわりと普通にあることなので、新喜劇でもじゃりン子チエでも、女性がバカにされても問題になりません。それに必ずその後、女性のしっぺ返しを喰らって辻褄が合っています。他にも共通して言えるのは外見を揶揄してネタにする、それをネタにされたほうがやり返すという展開です。もし東京の民放で土曜のお昼にこんな番組を放送したら、非難が殺到するのではないでしょうか? ですが大阪ではこういうやり取りも、なくてはならないコミュニケーションだと考えられているところがあり、小学生の情操教育に反映されているのかもしれません。